
私の夫、小手川哲二は、06年4月12日に亡くなりました。私にとってはかけがえのない人生最高のパートナーでした。
哲二と共同ではじめたこの「ある日の会話」も、哲二の病気で長い間中断していました。哲二の遺志を受け継ぎ、哲二との人生を振り返りながら、もう一度この「ある日の会話」を完成に近づけていきたいと思っています。
哲二の言葉は彼が欠かさず書いていた手帳のなかから拾っていきたいと思います。
時間的にはいきつもどりつしながら書くことになるかと思いますが、書くことによって私自身の気持ちにも折り合いをつけていきたいと思います。
おつきあいいただき、私の日々の日記とともに読んでいただければうれしく思います。
※4月16日(日)開催の「お別れの会」でお渡しした「しおり」は こちら からご覧いただけます。
「ある日の会話パートU」を終わるにあたって 2006.11.23
哲二の死後、何をする気も起こらないようになった。彼がいないのに、なぜ自分だけがここにいるのかと考え、すべてのことを「どうでもいい」と思ってしまう心の変化に一番戸惑ったのは私自身だった。
それでも、市民から託された議員という任務は果たさなければならないと、議会活動だけは心に檄をとばして取り組んだ。その緊張感を、「もう悲しみから立ち上がることができるかもしれない」と、私自身、勘違いをしてしまうこともあった。
しかし、立ち直れたのではなかった。立ち上がって一歩前に足を踏み出そうとすると、すぐに心が崩れてしまう。「こんなことではいけない。もういいかげん思い切らなくては」と、何度も立ち上がってはまたへなへなと座り込んでしまう。そんな時間が流れていった。
こんなにも弱い人間だったのか、と驚く自分がそこにいた。
第一話「お酒」 2006.5.8
第二話「選挙と闘病生活」 2006.5.8
第三話「セカンドオピニオン」 2006.5.13
第四話「お別れ」 2006.5.20
第五話「手紙」 2006.5.27
第六話「障害者手帳」 2006.6.3
第七話「議会傍聴」 2006.6.10
第八話 「最後の外出と誕生日」 2006.6.17
今日、11月23日勤労感謝の日は、私たちの結婚記念日だ。
哲二が生きていれば、2人で迎える24回目の結婚記念日になるはずだったが、昨年の23回目で終わった。今年から1人で迎える記念日となる。
私たちの日常に病気や死がまだまだ遠い存在だった頃、どなたかの葬儀の帰りだったと思うが、私が、「死ぬのなら事故かなんかで一緒に死にたいなあ」と言うと「うん。そうやなあ」と返事が返ってきた。
私たち2人は、年を重ねるごとに、お互いいなくてはならない存在として重みが増していったように思う。お互いに忙しく緊張の連続の仕事をしていたので、家庭で過ごす時間がなによりも大切だったし、楽しい時間だった。こんな日々がずっと続き、そして年をとっていき、現職を退いてからのんびり出来ると思っていた。私にとっては、誰よりも大切な人だった。
今年3月入院先の日赤病院・長男が友人と一緒に造ってくれた誕生ケーキと一緒に。
私の携帯で2人で写した最後の写真になった。
第九話「ゆびわ」 2006.6.24
第十話「映画」 2006.6.30
第十一話「『すればよかった』と考えない」 2006.7.12
第十二話「森山直太朗コンサート」 2006.7.17
第十三話「障害者運動 A−1」 2006.7.20
第十四話「障害者運動 A−2」 2006.8.14
第十五話「哲二と日本共産党」 2006.10.30


そんな時間の流れの中で、「ある日の会話パートU」を書いていった。
1つの話を書くたびに涙があふれ、パソコンの画面がみえなくなり、手が止まる。
感情的にならぬようにと注意を払いながら書いたつもりだったが、読まれた第三者の方はどう思われただろうか?
親を亡くしたときは、兄弟や夫婦で悲しみを共有できる。子どもを亡くしたときは、夫婦で悲しみを分け合うことができる。でも、夫を亡くした(妻を亡くした)時に、その悲しみを分け合う相手はいない。
哲二を亡くした絶望ともいえる悲しみをどこにどのようにむけていいか分からなかった私にとって「書く」ということで絶望ともいえる悲しみに一つ一つ折り合いをつけていったように思う。
半年を過ぎ、やっと前向きの気持ちが生まれてきた。どくどくと血を流していた心にかさぶたができてきたようだ。
「なんとか、元気になったよ。大丈夫だよ」と強がった私に、「半年やんか!まだ元気にならんでいいよ。早すぎるよ!」と言った友人がいる。周りの人たちの思いやりの言葉やあたたかさなどが、半年を過ぎてやっと思い返せるようになった気がする。自分の悲しみでいっぱいの時は気付かずにいたが・・・。
時々どうしようもなくなり立ち止まり座り込むこともあるだろうが、でも、もう大丈夫、きっと自分で立ち上がり前に進むことができると思う。「ある日の会話パートU」を読んでくださったみなさん、長い間ありがとうございました。